火星衛星探査機MMXを載せたH3ロケット10号機は、2026年10月20日(火)4時41分3秒に種子島宇宙センターから上がる予定です。当サイトはこれまで、この便を飛行計画の秒時、NASAの中継衛星TDRSの初実運用、観覧と中継の段取りで追ってきました。いずれも打ち上げから探査機分離までの話で、9月21日の記事は「分離のあとのことは扱わない」と書いていました。
今回はその先、分離のあとに火星の衛星フォボスで、誰の機器が何をするかを読みます。手がかりはJAXA宇宙科学研究所のMMXプレスキット(2026年9月16日改訂の第2版)の33ページと35ページ、そしてドイツ航空宇宙センター(DLR)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、宇宙科学研究所(ISAS)がそれぞれ出している発表です。結論を先に書くと、搭載機器13のうち4つが海外機関からの提供で、フォボスに最初に降りるのは探査機本体ではなく、フランスとドイツが作った25kgのローバーIDEFIXです。
13の機器のうち4つが海外提供、プレスキット35ページの表で確かめる
プレスキット33ページは、搭載機器についてこう書いています。逐語で引きます。
ミッション目的を達成するため、11の科学ミッション機器が搭載される。MMXを世界最高のミッションとするため、そのうちの4つは海外機関から提供される。加えて探査技術獲得を目的とする2つの機器を搭載する。
同じページの区分を並べると、科学ミッション機器11は「リモセン観測・その場観測」の8機器(TENGOO・OROCHI・MIRS・MEGANE・LIDAR・CMDM・MSA・IDEFIX)と「サンプル採取・回収」の3機器(C-SMP・P-SMP・SRC)、それに「探査技術獲得」の2機器(IREM・SHV)が加わります。8+3+2で13。これが本記事の「13」です。
この33ページで赤字で強調されている機器は5つあり、注記は「強調項目は海外機関/国内他機関からの提供機器」です。5つはMIRS・MEGANE・IDEFIX・P-SMP・SHV。本文の「4つは海外機関から」と数が合わないのは、SHVが「国内他機関」にあたるからです。プレスキット7ページはSHV(スーパーハイビジョンカメラ、4K・8K)を「NHKとJAXAが共同開発」と書いています。したがって海外提供の4つはMIRS・MEGANE・IDEFIX・P-SMPです。
では、どの機関からか。35ページの表は機関のロゴつきで10機器を並べ、海外のロゴが付くのは次の3つです。
| 機器 | プレスキット35ページの表記 | 提供機関 |
|---|---|---|
| MEGANE | ガンマ線・中性子線分光計 | NASA |
| MIRS | 近赤外線分光装置 | CNES |
| IDEFIX Rover | 放射温度計, カメラ, ラマン分光計 | DLR・CNES |
IDEFIXの役割欄には「レゴリスの組成、物理的性質」と「着陸地点の選定および特性評価(安全性・未攪乱性)」の2つが書かれています。
表の欄外には「※上記の10機器と別に、サンプル採取・回収を行う3機器がある。」とあります。つまり4つ目の海外提供機器P-SMPは、この表には載っていません。埋めるのはISASのトピックス(2023年4月18日付)です。JAXAとNASAは2023年4月17日(現地時間)にMMX協力の了解覚書に署名し、NASAからは「中性子ガンマ線分光計(MEGANE)、ニューマチックサンプリング技術実証機器(P-Sampler)などが提供され」ると書かれています。「など」が付いているので、ISASが名前を挙げているのはこの2つ、と読むのが正確です。33ページの「P-SMP」(プレスキットの表記は「ニューマティック採取機構」)と覚書の「P-Sampler」が同じ機器を指すというのは当サイトの読みですが、サンプル採取の区分にあって赤字強調されている海外提供機器は P-SMP だけなので、ほかに当てはまる候補はありません。
まとめると、海外提供4機器の内訳は NASA が2(MEGANE・P-SMP)、CNES が1(MIRS)、DLRとCNESの共同が1(IDEFIX)です。この内訳は、プレスキットの33・35の2ページとISASの発表を突き合わせて初めて出てくるもので、どこか1か所に書かれているわけではありません。
参加機関の全体像も添えておきます。プレスキット42ページ「プロジェクトの実施体制」の宇宙機関欄には JAXA・NASA・DLR・CNES・ESA(欧州宇宙機関)・Australian Space Agency(豪州宇宙庁)の6つのロゴがあり、豪州には「調整中」の注記が付いています。51ページのミッションマークの説明には「5つの国際機関を意味する、青い地球の輪」とあります。
最初にフォボスに降りるのは探査機ではなくローバーIDEFIX
プレスキット20ページの運用の流れは、着陸の順番をはっきり書いています。
④ローバ展開 最初にフォボスに着陸するのはローバ。表面特性・環境を計測し、探査機の安全な着陸に資する。
続く⑤「フォボス着陸」には「2回の着陸を予定」とあります。つまり、MMX本体がフォボスに2回降りる前に、ローバーが1回先に降りて地面の様子を測る、という順番です。JAXAのMMXプロジェクトページも、DLRとCNESが小型ローバーIDEFIXを開発し、MMXに搭載してフォボスに着陸させ、安全な着陸運用に貢献する、という趣旨で書いています。
そのローバーの数字は、DLRが2026年9月1日に出した発表に揃っています。
| 項目 | 値 | 出典 |
|---|---|---|
| 質量 | 25kg | DLR 2026-09-01 |
| 大きさ | 飲料ケースほど | DLR 2026-09-01 |
| 探査機からの放出高度 | 約40m | DLR 2026-09-01 |
| フォボス着陸 | 2029年 | DLR 2026-09-01 |
| 表面での運用 | 約100日 | DLR 2026-09-01・CNES |
| 試料の地球帰還 | 2031年 | DLR 2026-09-01・プレスキット20ページ(2031年度) |
分担も同じ発表にあります。DLRはシャシー、着陸後に起き上がる機構、探査機とのドッキング機構、ラマン分光計、放射計。CNESはカメラ系、サービスモジュール、搭載計算機、電源・通信系です。プレスキット35ページの表がIDEFIXを「DLR・CNES」の2機関で書いているのは、この分担に対応しています。
25kgという質量を探査機全体と比べます。MMXの打上げ時質量はプレスキット24ページで4480kg(9月21日の記事で既出)なので、25 ÷ 4480 = 約0.56%。ローバーは探査機の質量の約180分の1です。フォボス上での重さは、CNESのMMXページにある「表面の重力は地球の約1,800分の1」を使うと、25,000g ÷ 1,800 ≒ 約14gになります。これらの割り算は当サイトのもので、DLRもCNESもこの値を書いているわけではありません。起き上がり機構がなぜ要るのかは、DLRの発表に説明が無いので書きません。
着陸年について1つ注意があります。DLRは「2029年」と書いていますが、JAXAのプレスキット20ページの年度表は「火星圏到着2027年度」「火星圏離脱2030年度」と年度で区切っているだけで、ローバーの着陸年は書いていません。2つの資料は矛盾しませんが、2029年はDLRの数字です。
NASAの2機器は2023年4月の覚書で決まった
MEGANEとP-SMPの出どころを、ISASのトピックス(2023年4月18日付)で確かめます。JAXAとNASAは2023年4月17日(現地時間)、米コロラドスプリングスで開かれたSpace SymposiumでMMX協力の了解覚書を締結しました。署名はJAXAの山川理事長とNASA副長官で、2023年4月11日に日米政府間で交わされた交換公文を受けたものです。ISASがNASAの提供機器として名前を挙げているのはMEGANEとP-Samplerの2つで、原文は「など」付きです。プレスキットの13機器のなかでNASA提供と読めるのもこの2つです(35ページの表でNASAのロゴが付くのはMEGANEだけで、P-SMPは表の外にあります)。
MEGANEは "Mars-moon Exploration with GAmma rays and NEutrons" の頭文字で、日本語の「めがね」の意味も掛けています。ISASのMMX Newsの紹介記事(2017年12月11日付・英語)によると、製作はジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所(APL)、主任研究者は David Lawrence 氏。ゲルマニウムの結晶を90K(絶対温度。出典の記載では摂氏マイナス183度)に冷やしてガンマ線を検出し、ヘリウム3のガス管で中性子を検出します。系譜としては、Lunar Prospector と MESSENGER に載ったガンマ線・中性子分光計(GRNS)の流れにあると書かれています。この記事は2017年のもので、機器の仕様がその後変わっていないかは確認していません。この記事で使うのは名前の由来・製作機関・検出の原理の3点だけです。
MIRSについては、CNESのMMXページが、CNESは近赤外撮像分光計MIRSも提供し、LESIA(CNESページの注記では現在はLIRA)がプライム(開発のとりまとめ)である、と書いています。プレスキット35ページの「近赤外線分光装置=CNES」と一致します。
持ち帰る量ははやぶさ2の目標の100倍、実績の約1.9倍
機器の話を、持ち帰る試料の量で締めます。プレスキット16ページの逐語です。
MMXでは火星衛星表面に着陸し、数時間滞在。マニピュレータ、コアラーを用いた高度なサンプリング装置で、2cm以上の深さから10g以上のサンプルを採取する(はやぶさ2では、目標0.1g、実績5.4g)。
数字を並べ直します。
| 探査機 | 試料の目標 | 実績 | 出典 |
|---|---|---|---|
| はやぶさ2 | 0.1g | 5.4g | プレスキット16ページ |
| MMX | 10g以上(深さ2cm以上から) | 未実施 | プレスキット16ページ |
MMXの目標10gは、はやぶさ2の目標0.1gの100倍、はやぶさ2が実際に持ち帰った5.4gの約1.9倍です(10 ÷ 5.4 ≒ 1.85、当サイト計算)。はやぶさ2の試料は目標の54倍集まりましたが、MMXは目標そのものがはやぶさ2の実績を上回っています。この「マニピュレータ、コアラーを用いた高度なサンプリング装置」は、33ページの「サンプル採取・回収」3機器のうち C-SMP(サンプリング装置)にあたると当サイトは読んでいます。残る2つは P-SMP(プレスキットの表記は「ニューマティック採取機構」、ISASトピックスの表記は「ニューマチックサンプリング技術実証機器(P-Sampler)」)と、試料を地球へ持ち帰るカプセル SRC です。P-SMPがNASA提供の1つであることは前の章で確かめたとおりで、その仕組みは今回開いた資料のどれにも書かれていません。
試料の行き先も国際分担です。CNESのMMXページは、帰還試料は2031年にオーストラリアの砂漠で回収され、フランスでは国立自然史博物館に試料のキュレーション施設を整備する、と書いています。プレスキット20ページの年度表では地球帰還は2031年度です。
前回の国内打ち上げから70日、2026年は99日・60日・70日おき
最後に、当サイトの集計から1つ。MMXが10月20日に上がれば、2026年の国内打ち上げは4回目になります(この数字は9月21日の記事で既出なので、1行にとどめます)。今回見るのは回数ではなく間隔です。
| 順 | 打ち上げ(日本時間) | 便 | 前回からの間隔 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2026年3月5日 | カイロス3号機(スペースポート紀伊・失敗) | — |
| 2 | 2026年6月12日 | H3ロケット6号機(種子島・H3-30) | 99日 |
| 3 | 2026年8月11日 4時23分31秒 | H3ロケット9号機(種子島・H3-22) | 60日 |
| 4(予定) | 2026年10月20日 4時41分3秒 | H3ロケット10号機(種子島・H3-24L) | 70日 |
9号機からMMXまでの70日は、集計データの最終打ち上げ時刻(2026年8月11日4時23分31秒)と材料の打ち上げ予定時刻(10月20日4時41分3秒)から当サイトが計算したもので、8月の残り20日、9月の30日、10月の20日を足した値です。99日と60日は、時刻を使わず日付だけで数えた日単位の値です(6月12日の打ち上げ時刻9時53分59秒は9月23日の記事で既出ですが、3月5日の時刻を本文に出していないので、ここでは3つの間隔の数え方を揃えていません。70日だけは秒時で確かめても日付で数えても同じ値です)。2026年の国内打ち上げが99日・60日・70日という間隔で並ぶ、という見方は当サイトの集計から出したもので、JAXAやLL2がそう書いているわけではありません。
集計時点(2026年9月5日1時52分、日本時間)で、2026年の国内打ち上げは3回、うち成功2・失敗1です。4回目が予定どおり上がるかどうかは、この記事では予測しません。
言えないこと
IDEFIXの機器の数は「4」と「3種」を併記します。 CNESのMMXページは「ローバーとその4つの機器」と書き、プレスキット35ページの表は「放射温度計, カメラ, ラマン分光計」の3種を挙げています。差がどこから来るかは、今回開いた一次資料のどちらにも書かれていないので、理由は書きません。
「フォボス上で15g相当」という数字は使いません。 検索結果の抜き出しでは見かけましたが、DLRの2026年9月1日発表にも、今回開いたCNESのページにもありませんでした。この記事ではCNESの「約1,800分の1」から計算した約14gだけを、計算式つきで書いています。
IDEFIXがJAXAへ引き渡された日は書きません。 DLRの2024年の記事に「2024年3月7日、鎌倉で」という記述がありますが、そのページの掲載日は2024年1月16日と表示されており、本文が後日更新されたのかどうかが確認できませんでした。確認できるまで、引き渡し日はこの記事に入れません。
スペインの機関の参加は書きません。 検索の抜き出しにはありましたが、プレスキット42ページの宇宙機関欄にそのロゴは無く、一次資料で確認できていません。
打ち上げ機会が10月20日から11月7日までになる理由は書けません。 DLRの発表も「11月7日まで」と書いていますが、何でその期間が決まるかは、プレスキット全53ページのどこにも説明がありません。
延期の確率は出しません。 当サイトはまだ延期率の実測値を持っていません。
10月20日の中継は、飛行計画のとおり、打ち上げの1時間11分12秒後の探査機分離で終わります。そこから先、2027年度に火星圏へ着き、2029年(DLRの数字)にフォボスへ最初に降りるのは、日本の探査機に積まれた仏独の25kgのローバーです。打ち上げを見るとき、ロケットの先端に何が入っているかを知っておくと、分離の瞬間の見え方が少し変わると思います。MMXそのものが何か、から知りたい方はやさしい版の記事からどうぞ。