くわしく データ H3 H-IIA MMX 打ち上げ実績 種子島宇宙センター 三菱重工

H3は10号機まで1,323日でH-IIAより516日短い、失敗は2件対1件

(2026年10月23日(金) 更新) ・打ち上げ日和 編集部 ・約10分で読めます

10月20日にMMXを載せて上がり、H3は試験機1号機から1,323日で10号機に達した。H-IIAは1,839日で、差は516日。失敗はH3が2件・H-IIAが1件、失敗から次の便までの空白は455日と347日・172日。

宇宙・ロケット産業を追っている人むけ。数字と一次情報で書いています。

移動発射台に載って射点へ運ばれるH-IIAロケット。周囲に整備塔と作業車両が見える
射点へ機体を運ぶH-IIAロケット(2014年2月27日・種子島宇宙センター/全球降水観測計画GPMの打ち上げ前日)。本稿で比べる2006年の10号機ではなく、H3も写っていないBill Ingalls(NASA) / パブリックドメイン / 出典

2026年10月20日4時41分03秒に種子島宇宙センターから上がったH3ロケット10号機(火星衛星探査機MMX)は、H3にとって10機目の便でした。JAXAは同日、打ち上げから約1時間11分13秒後にMMXを正常に分離し、軌道に投入したと発表しています。この記事では、前の主力機H-IIAが1号機から10号機に達するまでにかかった日数と、同じ区間のH3を並べます。日付はすべて三菱重工とJAXAの実績ページから取り、日数は当サイトが日付だけで数えました。

結論を先に書きます。H-IIAは1号機(2001年8月29日)から10号機(2006年9月11日)まで1,839日。H3は試験機1号機(2023年3月7日)から10号機(2026年10月20日)まで1,323日で、H-IIAより516日短い。10号機までの失敗はH-IIAが1件、H3が2件です。失敗から次の便までの空白はH-IIAが455日、H3が347日と172日でした。

ヒーロー写真は2014年2月27日、全球降水観測計画GPMの打ち上げ前日に射点へ運ばれるH-IIAです。本稿で比べる2006年の10号機でも、H3でもありません。

10号機までの日数: H3は1,323日、H-IIAは1,839日

まずH-IIAの1号機から10号機までを並べます。搭載物は出典に記載があるものだけ書きました。1号機から5号機はJAXA「過去のプロジェクト」の表記、7号機から10号機は三菱重工のページの表記です。

号機打ち上げ日(日本時間)結果搭載物(出典の表記)
試験機1号機2001-08-29成功LRE、VEP-2
試験機2号機2002-02-04成功つばさ、VEP-3、DASH
3号機2002-09-10成功こだま、USERS
4号機2002-12-14成功みどりII、マイクロラブサット1号機(※)
5号機2003-03-28成功情報収集衛星
6号機2003-11-29失敗Launch Library 2 の表記は「IGS Radar (2) & IGS Optical (2)」
7号機2005-02-26成功ひまわり6号(MTSAT-1R)
8号機2006-01-24成功だいち
9号機2006-02-18成功ひまわり7号
10号機2006-09-11成功三菱重工の表記は「政府関連ミッション」

※ 4号機の搭載物は、JAXA「過去のプロジェクト」の表記が2件なのに対し、三菱重工のページでは「みどりII、マイクロラブサット1号機、WEOS、Fed Sat」の4件です。表にはJAXAの表記を載せました。

次にH3です。H3は号機の番号と飛んだ順が一致しません。6号機は8号機より後に飛んでいます。

号機打ち上げ日(日本時間)結果備考
試験機1号機2023-03-07失敗だいち3号
試験機2号機2024-02-17成功
3号機2024-07-01成功
4号機2024-11-04成功
5号機2025-02-02成功
7号機2025-10-26成功HTV-X1。24形態の初便
8号機2025-12-22失敗みちびき5号機
6号機2026-06-12成功VEP-5・小型副衛星6基。30形態の初便
9号機2026-08-11成功みちびき7号機
10号機2026-10-20成功MMX。24形態の2回目

日数を数えると、こうなります。

区間日数内訳(当サイト計算)
H-IIA 1号機(2001-08-29)→ 10号機(2006-09-11)1,839日5年分 1,826日(うるう日1日を含む)+13日
H3 試験機1号機(2023-03-07)→ 10号機(2026-10-20)1,323日3年分 1,096日(うるう日1日を含む)+227日
差516日1,839−1,323

1,323日という数字そのものは9月23日の記事の末尾で1文だけ触れています。本稿はその比較相手を置く記事です。なお当サイトの集計では、H-IIAは4つの形態(202・2022・2024・204)の合算で50回、H3は3つの形態(22・24・30)の合算で9回です。三菱重工のページに載る号機(H-IIA 1号機から50号機、H3の9便)を当サイトが数えた数と一致します。三菱重工のページに合計数の文言はありません。

失敗は2件と1件、失敗から次の便までは172日・347日と455日

10号機までの失敗は、H-IIAが6号機の1件、H3が試験機1号機と8号機の2件です。それぞれの失敗から、同じ機体の次の便が上がるまでの日数を並べます。

機体失敗した便次の便日数内訳(当サイト計算)
H-IIA6号機(2003-11-29)7号機(2005-02-26)455日1年分 366日(うるう日を含む)+89日
H3試験機1号機(2023-03-07)試験機2号機(2024-02-17)347日9月23日の記事に既出
H38号機(2025-12-22)6号機(2026-06-12)172日9月23日の記事に既出

H3の2つの空白を足すと519日で、H-IIAの1つの空白455日より64日長い。つまり、全体の差516日は「失敗からの立ち直りが早かった」ことでは説明できません。失敗の空白を除いた残りの区間を比べると、H-IIAは1,839−455=1,384日を8区間で、H3は1,323−519=804日を7区間で進んでいます。差は失敗と無関係な便と便のあいだの間隔にあります。これは日付から出る算術の結果で、その間隔が短い理由(機体の製造数、射場の運用、予算など)は本稿では資料に当たっていません。

失敗の中身も違います。H-IIA 6号機について Launch Library 2 は "One of the SRBs failed to separate from the 1st stage." と記録しています。当サイト訳で「固体ロケットブースタの1本が第1段から分離しなかった」。H3の2件は、試験機1号機が第2段エンジンの不点火、8号機が衛星搭載アダプタの接着剥離で、どちらも9月23日の記事に書きました。壊れた場所が3件とも違うので、失敗の件数だけで2つの機体の信頼性を比べることはできません。

2004年は国内の打ち上げが0回だった。暦年で見た2つの機体の最初の4年

当サイトの年別集計には、2004年の行がありません。2003年の3回の次は2005年の2回で、国内4射場からの打ち上げは弾道飛行を含めて0回でした。H-IIAの失敗(2003年11月29日)の翌年です。H3の失敗(2023年3月7日と2025年12月22日)の翌年にあたる2024年と2026年は、それぞれ7回と3回(2026年は9月5日時点)で、行が消えた年はありません。

暦年で並べます。「全機体」の列は弾道飛行を含む国内4射場の合計で、「うちH-IIA」「うちH3」の列は三菱重工・JAXAの実績ページの号機ごとの日付から当サイトが数えました。

暦年全機体(成功・失敗)うちH-IIA備考
2001年1回(1・0)1回試験機1号機
2002年3回(3・0)3回試験機2号機・3号機・4号機
2003年3回(2・1)2回5号機・6号機(失敗)。残る1回はH-IIA以外
2004年行なし(0回)0回
2005年2回(2・0)1回7号機。残る1回はH-IIA以外
2006年6回(6・0)4回8号機・9号機・10号機・11号機
暦年全機体(成功・失敗)うちH3備考
2023年3回(2・1)1回試験機1号機(失敗)
2024年7回(5・2)3回試験機2号機・3号機・4号機。失敗2件はカイロスでH3ではない
2025年4回(3・1)3回5号機・7号機・8号機(失敗)
2026年3回(2・1)※9月5日時点。10号機を加えて4回(3・1)3回6号機・9号機・10号機。失敗1件はカイロス3号機

H3は2024年から3年続けて暦年3回になりました(2026年は10号機を含む)。H-IIAが暦年で3回以上になったのは、10号機までの区間では2002年と2006年の2回でした(2006年は11号機を除いても8・9・10号機の3回)。

2004年が0回だった理由は、今回の資料のどこにも書かれていません。当サイトの集計は「登録された打ち上げが無かった」という事実だけを示しています。H-IIAだけでなく、他の機体の便も無かったという意味ですが、本稿ではその背景には踏み込みません。

2006年9月11日のH-IIA 10号機から7,344日。あのときの2006年は6回の年だった

H-IIAの10号機からH3の10号機までは7,344日です。2006年9月11日から2026年9月11日までが20年分でうるう日5日を含む7,305日、そこから10月20日までが39日。20年1か月9日にあたります。

2006年は当サイトの集計で国内の打ち上げが6回あった年です。H-IIAの8・9・10・11号機の4回に、JAXAの実績ページに載るM-V 8号機(あかり、2006年2月22日)とM-V 7号機(ひので、2006年9月23日)の2回を足して6回。年に6回以上は、当サイトの集計では2006年のほかに2017年(8回)、2018年と2024年(各7回)しかありません(弾道飛行を含む母数)。

H-IIA 10号機の12日後に上がったM-V 7号機は、当サイトの集計でM-Vの最後の便です。同じ年の12月18日にはH-IIA 11号機が204形態の初便として上がりました。この便は技術試験衛星VIII型「きく8号」を載せた便です(三菱重工・JAXAの実績ページ)。

この比較で言えないこと

集計の境界(LL2登録・弾道含む・日本時間の暦年)は9月5日の記事に書いたとおりです。10号機は10月20日に上がり、本稿の「予定」はすべて実績になりました(2026年10月23日更新)。