くわしく データ データ H3 種子島 内之浦

国内4射場の打ち上げ152回を数えた

打ち上げ日和 編集部 約3分で読めます

種子島・内之浦・紀伊・大樹町からの打ち上げを1966年までさかのぼって集計しました。152回のうち失敗は22回。射場別・機体別の内訳を出典つきで公開します。

宇宙・ロケット産業を追っている人むけ。数字と一次情報で書いています。

種子島の海岸ごしに見える射点。中央にH-IIBロケット8号機が立ち、左に2本の避雷塔が並ぶ
打ち上げ前、射点に立つH-IIBロケット8号機(2019年9月10日・種子島宇宙センター竹崎射場から撮影)。飛翔中の写真ではないShinntarou / CC BY-SA 4.0出典

日本の打ち上げを「国内の射場から上がったもの」という切り口で全部数えると、何回になるのか。調べたので数字を置いておきます。

全体:152回中、失敗は22回

区分回数
全打ち上げ152回
うち軌道投入をめざした便145回
成功130回
失敗22回
期間1966年9月26日〜2026年8月10日

60年で152回。単純に割ると年2.5回ですが、実際には年ごとの偏りが大きく、直近10年は年1回から8回のあいだで動いています。

射場別:種子島に集中している

射場打ち上げ成功失敗
種子島宇宙センター99回945
内之浦宇宙空間観測所43回3310
北海道スペースポート7回34
スペースポート紀伊3回03

種子島が全体の3分の2を占めます。内之浦の失敗10回のうち多くは1960〜70年代のラムダ・ミューの初期で、当時は各国とも失敗が当たり前の時期でした。

北海道スペースポートの7回はすべてインターステラテクノロジズのMOMO、つまり弾道飛行の観測ロケットです。軌道投入の実績はまだありません(ZERO の初号機はLL2上で2027年内という登録になっています)。

スペースポート紀伊は3回すべてスペースワンのカイロスで、3回とも失敗しています。母数が3ではまだ何も言えない、というのが正しい読み方です。

機体ファミリー別

ファミリー打ち上げ成功失敗期間
H-II系(H-II/H-IIA/H-IIB)66回6421994〜2025
ミュー系30回2641970〜2006
H-I9回901986〜1992
H39回722023〜2026
N-II8回801981〜1987
MOMO(弾道)7回342017〜2021
N-I7回611975〜1982
イプシロン6回512013〜2022
ラムダ4S5回141966〜1970
カイロス3回032024〜2026

H-II系の66回中2回失敗は、世界的に見ても高い水準です。この記録の上にH3が乗っています。

H3の現在地:9回中7回成功

H3は2023年3月の初号機(ALOS-3)で失敗し、そこから6回連続で成功したあと、2025年12月のみちびき5号機でふたたび失敗しました。原因は第2段エンジンの2回目の燃焼が正常に始まらなかったことで、衛星は所定の軌道に入らず失われています(内閣府特命担当大臣の談話・2025年12月25日)。

その次の便である2026年6月のH3-30試験飛行と、8月のみちびき7号機はいずれも成功しています。

つまりH3は「失敗のあと立て直した実績が2回ある機体」です。10月20日のMMXは、その次の1回にあたります。

この集計を何に使うか

このサイトでは、打ち上げの話をするときに感覚ではなく数字を置くようにしています。「日本のロケットは信頼性が高い」と書くなら、何回中何回なのかを一緒に出す。母数が3しかないなら、3しかないと書く。

数字は集計日時点のもので、打ち上げがあれば更新します。集計コードと出典URLは上のとおりなので、同じ数字はどなたでも再現できます。