JAXA宇宙科学研究所(宇宙研)と名古屋大学は2026年10月27日、ジオスペース探査衛星「あらせ」の新しい観測成果を発表しました。2024年5月の巨大宇宙嵐のとき、地球の放射線帯で「破れない壁」と呼ばれてきた境界の内側に、数MeV(メガ電子ボルト)の電子がその場で生まれていたという内容です。
この衛星は2016年12月20日20時00分に内之浦宇宙空間観測所からイプシロンロケット2号機で上がりました。本稿は科学の中身の解説ではなく、打ち上げ側から見た1機の現在地を数字で置きます。打ち上げから3,598日が経ち、内之浦からの衛星ロケットは2022年10月12日から止まっています。それでも宇宙研が「運用中」として並べる9機のうち、内之浦から上がったと一次情報で確認できる2機の片方が、昨日の成果を出しました。
上の写真は内之浦宇宙空間観測所です。写っているのは射場で、あらせの姿でも観測データでもありません。当サイトの画像プールに衛星本体の写真はありません。
10月27日の発表:「破れない壁」の内側で、約3MeVの電子が増えていた
宇宙研トピックスの表題は「『破れない壁』の内側で超高エネルギー電子が生まれた!」で、副題は「衛星『あらせ』が解き明かした巨大宇宙嵐による放射線帯の変化」です。中心は次の2文です。
今回、国際研究チームは、ジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG)による2024年5月の巨大宇宙嵐の観測データを解析しました。 …「破れない壁」の内側で電子の位相空間密度が局所的に増加し、数百万電子ボルトの電子がその場で加速されたことを明らかにしました。 (JAXA宇宙科学研究所トピックス・2026年10月27日)
2文目は原文の途中からの引用です。文頭にある「どの観測を組み合わせたか」を述べる節を「…」で省きました(その中身は後の節で別に引きます)。
用語は、発表に書かれている範囲で説明します。「破れない壁」は、放射線帯の内側に超高エネルギー電子が入り込めないとされてきた境界です。リリースの用語解説では地球半径の約3倍の磁力線付近にあるとされ、本文では2014年にその存在が報告されたと書かれています(同じリリース内ですが、記載の場所が違います)。「位相空間密度」は、用語解説の言い方で粒子の位置や運動の状態ごとの分布を表す量で、これが局所的に増えることが「その場で加速された」ことの手がかりになります。
数字は、長期のデータとの比較で出ています。次の引用も文頭の「まず、」を「…」で省いた、原文の途中からの引用です。
…2017年から蓄積された長期間の観測データを調べたところ、通常の宇宙嵐では「破れない壁」の内側に超高エネルギー電子が現れないのに対し、2024年5月には約3 MeVの電子が壁の内側で著しく増加していることが確認されました。
もう一つの数字が高度です。リリースは「宇宙嵐の回復期に、壁の内側の高度約12,000kmの領域で位相空間密度に明瞭なピークが形成され、それが時間とともにその場で増えていくことが分かりました。」と書いています。加速の担い手として挙げられているのは「コーラス波」という自然電波で、リリースは「コーラス波は音声信号とほぼ同じ周波数帯で、スピーカーを通すと小鳥のさえずりのような音として聞こえることから、このように名付けられています。」と説明し、あらせが観測した音声ファイルがERGサイエンスセンターのページにあると書いています。条件としては「プラズマ圏」の収縮と、「負の電離圏嵐」(リリースの語で「高度90キロメートルから500 キロメートル付近にある電離圏の電子密度が大きく減少する」現象)による回復の遅れが挙げられています。
論文は Geophysical Research Letters, 53, e2026GL125879 (2026)、DOI 10.1029/2026GL125879 で、発行は2026年10月26日です。著者は20名で、宇宙研トピックスがISASまたはJAXA所属として挙げているのは篠原育・高島健・三谷烈史・東尾奈々の4名です。名古屋大学の発表によれば筆頭著者は同大宇宙地球環境研究所(ISEE)の三好由純教授で、論文のオンライン公開は2026年10月26日22時00分(日本時間)でした。
同じ成果なのに、2つの発表で見出しの言い方が違います。 宇宙研は「『破れない壁』の内側で超高エネルギー電子が生まれた!」、名古屋大学は「巨大宇宙嵐で放射線帯の“破られない壁”が破られた!~鍵は内壁で生まれる超高エネルギー電子、「あらせ」衛星が初観測~」です。どちらも2026年10月27日付で、同じ論文を指しています。当サイトはどちらの表現も地の文には使わず、引くときは発信元を添えます。「初観測」も名古屋大学の見出しにある語で、当サイトが「世界初」と足すことはしません。
見つけたのは2016年12月20日に内之浦から上がった「あらせ」、打ち上げから3,598日
宇宙研トピックスは「『あらせ』は2016年12月に打ち上げられ」と書くだけですが、宇宙研のミッションページには便の情報が載っています。
| 項目 | 宇宙研ミッションページの記載 |
|---|---|
| 打上げ日時 | 2016年12月20日(火)20時00分 |
| 打上げ場所 | 内之浦宇宙空間観測所 |
| 打上げロケット | イプシロンロケット2号機 |
| 質量 | 約350kg |
| 近地点/遠地点 | 約440km/約32,000km |
| 軌道傾斜角 | 約32度 |
| 国際標識番号 | 2016-080A |
| ミッション機器 | 9つ |
いずれも2016年の打上げ時の公表値です。2016年12月20日20時00分(日本時間)から2026年10月28日5時00分(日本時間)までは 3,598日、約9年10か月です。論文がオンライン公開された10月26日22時00分の時点では3,597日でした。
今回の解析に使われた機器は、リリースが逐語で3つ挙げています。「超高エネルギー電子分光器(XEP)、磁場観測器(MGF)、プラズマ波動・電波観測器(PWE)」です。ミッションページの「機器9つ」と突き合わせると、9つのうちこの3つを使ったと書かれている、という読み方になります。リリースに「9つのうち3つ」という表現があるわけではありません。
当サイトの集計では、あらせの打ち上げは2016年の国内最後の打ち上げでした。2016年の国内4射場は4回で、成功4・失敗0、最初が2月17日、最後が12月20日のあらせです。なお、あらせを含む宇宙研6機の「クリティカル運用期間の終了」発表を打ち上げからの経過時間で比べた集計は10月25日の記事にあります。本稿はその出典を持ち込まないので、数値はそちらに譲ります。
内之浦43回の内訳と、あらせを上げたイプシロン2号機の位置
内之浦宇宙空間観測所からの打ち上げは、当サイトの集計で43回です(成功33・失敗10、1966年9月26日〜2022年10月12日)。機体ファミリー別に割ると次のようになります。
| 機体ファミリー | 回数 | 成功 | 失敗 | 最初〜最後(日本時間) |
|---|---|---|---|---|
| ミュー系 | 30 | 26 | 4 | 1970-09-25 〜 2006-09-23 |
| イプシロン | 6 | 5 | 1 | 2013-09-14 〜 2022-10-12 |
| ラムダ4S | 5 | 1 | 4 | 1966-09-26 〜 1970-02-11 |
| S-Series(SS-520) | 2 | 1 | 1 | 2017-01-15 〜 2018-02-03 |
| 合計 | 43 | 33 | 10 | 1966-09-26 〜 2022-10-12 |
母数は43回(1966年9月26日〜2022年10月12日)、出典は上記LL2スナップショットです。4つの合計が射場別の43回と一致するので対応づけましたが、便ごとに射場を確認したわけではないことは前提に書いたとおりです。
このうちイプシロンは6回で、JAXAの「打上げ実績」に載る6便(打上げ場所はすべて内之浦宇宙空間観測所)は次の並びです。
| 便 | 日付 | 主な搭載 |
|---|---|---|
| 試験機 | 2013年9月14日 | 「ひさき」 |
| 2号機 | 2016年12月20日 | 「あらせ」 |
| 3号機 | 2018年1月18日 | ASNARO-2 |
| 4号機 | 2019年1月18日 | 革新的衛星技術実証1号機 |
| 5号機 | 2021年11月9日 | 革新的衛星技術実証2号機 |
| 6号機 | 2022年10月12日 | 革新的衛星技術実証3号機 |
あらせを運んだのは、イプシロン6便のうち2便目です。6回の実績は成功5・失敗1(2013年9月〜2022年10月)で、母数が6なので当サイトは成功率(%)を出しません。6号機にはJAXAのページに「打上げ失敗に関する対応状況について」の注記が付いています。
宇宙研の運用中9機で内之浦発と確認できたのは2機、もう1機は20年前の「ひので」
宇宙研の「科学衛星・探査機」一覧は、2026年10月28日時点で「運用中」の欄に9件を並べています。MMX、Roman宇宙望遠鏡、Hera、XRISM、JUICE、みお、あらせ、はやぶさ2、ひので です。イプシロン試験機で上がった「ひさき」は、この運用中の欄には入っていません。
この9件のうち、JAXAの「打上げ実績」で打上げ場所が内之浦宇宙空間観測所だと確認できるのは「ひので」と「あらせ」の2件です。残る7件については、当サイトは射場を一次情報で全件突き合わせていないので、ここでは「内之浦と確認できたのは2件」までを書きます。
もう1機の「ひので」(SOLAR-B)は、2006年9月23日にM-Vロケット7号機で上がりました。当サイトの集計では、この便はミュー系30回の最後の1回です。LL2の最終便の時刻は 2006-09-22T21:36:00Z で、日本時間に直すと2006年9月23日6時36分になり、JAXAの打上げ実績の日付と一致します。そこから2026年10月28日5時00分までは 7,339日、約20年1か月です。
つまり、宇宙研が「運用中」として並べる9機のうち内之浦から上がったと確認できる2機は、20年前のミュー系最終便と、約9年10か月前のイプシロン2便目です。昨日の成果は、その2機のうち1機が出したことになります。
そして内之浦からの衛星ロケットは、2022年10月12日9時50分43秒のイプシロン6号機を最後に上がっていません。2026年10月28日5時00分までで1,476日です。この空白そのものと、次に上がる予定のイプシロンSの現在地は9月22日の記事に書きました。あらせの打ち上げから内之浦の最終便までが2,121日なので、「あらせが上がってから経った3,598日」のうち、後半の1,476日はこの射場から衛星ロケットが1回も上がっていない期間です。当サイトが2026年10月28日4時47分(日本時間)に保存した打ち上げ予定15件では、内之浦から上がる次の便はイプシロンSのJV-LOTUSat-1で、日付は年の精度までしか決まっておらず「未定」の扱いです。
今日は言えないこと
書けないことを並べます。
- 「イプシロンで上げた衛星で、いま動いているのはあらせだけ」とは書けません。 宇宙研の運用中9件に「ひさき」は入っていませんが、3号機のASNARO-2と4〜6号機の革新的衛星技術実証1〜3号機の搭載衛星は、そもそも宇宙研の科学衛星一覧に載りません。この一覧だけでは判定できないので書きません
- 運用中9件の残り7件がどこから上がったかは断定しません。 一次情報で全件突き合わせていません。今日書けるのは「内之浦と確認できたのは2件」までです
- FACTORSがどのロケットで、いつ上がるかは書きません。 今回のリリースには、今回の科学課題が「現在検討されている極域電磁気圏探査ミッションFACTORSにも共通する」と書かれているだけで、ロケット名も時期もありません。内之浦やイプシロンSと結びつけるのは当サイトの推測になります
- あらせの寿命や延長運用については書きません。 設計寿命や運用計画は今回の材料にありません。「打ち上げから3,598日たっている」という事実を超える評価(長寿命かどうか)は足しません
- 「破れない壁が破られた」という言い方を、当サイトの地の文では使いません。 上に書いたとおり、宇宙研と名古屋大学で見出しの表現が違います
- 放射線帯の物理そのものの当否は判断できません。 当サイトは論文本体を読んでおらず、2つの発表に書かれている範囲を引くだけです
内之浦側で次に見るものは、イプシロンSの日程がいつ年単位の精度から日付に変わるかです。あらせ側で次に見るものは、宇宙研とERGサイエンスセンターの発表に、2024年5月の宇宙嵐に関する続きの成果や、FACTORSの計画の具体が出るかどうかです。